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蕎麦ってどうしてそば汁だけで食すの?Ⅲ

享保の改革を行ったテレビに暴れん坊将軍として登場する8代将軍吉宗の時代に蕎麦の食べ方が進化を遂げるのである。
 蕎麦汁が味噌から醤油へと替わっていくのである。
 元禄時代は、味噌に酒、水を加えて混ぜ、鰹節を入れて煮立て、濾過した味噌だれを作り、うどんや蕎麦を食べていたのであが、享保11年(1726年)の頃になると上方から送られてくる醤油が使われるようになった。醤油は関西圏の方が早く江戸初期にはよく使われていたという史実が残っている。
 さて、蕎麦と関係の深い江戸っ子という呼び名は、享保年間に使われだし、その後、一般化していったそうだ。
 将軍様のお膝元に住んでいることを自慢し、住民自らを江戸っ子と称す。
 江戸っ子はもたもたするのが大嫌いで威勢のいい啖呵をきる。蕎麦を食べるときはつるつると手繰りこむ。手繰りこむのに適している蕎麦が二八そば。
 享保の中頃に、二八即けんどん(蕎麦の異称)という看板を出すと「還魂紙料」に書かれているので、江戸っ子という呼び名と二八そばが現れたのは同時代であることが判る。

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