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蕎麦の脱穀 一粒一粒の大切さ

今週の月曜日に蕎麦の脱穀をした。Cimg3519

蕎麦の実を両手で丁寧に揉んでの脱穀である。揉んでいると蕎麦の実がポロポロと手の隙間から落ちる。こんなことはたぶん誰もやらないであろう。

 以前行っていた方法は、杵やたたき棒で叩いて実を落とす。玄蕎麦を小量を扱うのであれば、この方法が有効である。私もよくやったものである。

 前回ブログで書いたように、今年は、刈り取りからして、鋏を用いてそばを刈り取ったのである。刈り取った蕎麦は見ての通り極小量である。一粒でも、無駄にしたくなかった。もったいないという気持ちがさきにたったのである。

Cimg3520

 自家栽培・自家製粉して、自分で作って、食べるということは、生きるという行為そのものである。生命の原点につながるものである。

蕎麦の実の一粒、一粒が愛おしいのだ。

こんなことを思いながら2時間以上続けた。

脱穀した実を粗い篩でふるうに、茎や大きな葉を取り除く。さらに、トウミで小さな葉や塵を取り除くのだ。

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この程度の処理で石臼で挽いた粉を打った蕎麦はじゃりっとして食べられたものではない。

製粉所では石抜き機で処理をして、石や塵を取り除くのであるが、私のところには無いので、蕎麦の実をよく洗って小石や塵を取り除いている、

そのあと、天日で干した。昨日まで、晴れの日が続いたので、蕎麦の実はよく乾いていた。

これを今朝挽いて、お客様にお出ししてみた。

「綺麗なそばですねー。」が第一声。Cimg3542

「美味しかったー。」と帰り際に言ってくれた。

 「よかった。!」苦労した甲斐があった。

 

 このようなことを経験してみると、一粒の大切さが身に沁みてわかるというものだ。

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そばを楽しむ」カテゴリの記事

コメント

そば箸さん
 自分で蕎麦を育てることを一度経験してみてください。
いろいろなことが判りますよ。
 

投稿: そばがき | 2008年11月26日 (水) 06時52分

本当に1粒1粒手で・・・素晴らしいですねぇ。
暁山は食を見直す場所にもなっているのでしょうね。

ほんとうにお疲れ様でした。

投稿: そば箸 | 2008年11月25日 (火) 21時39分

 ねこやしきさん
 そういう意味では、都会の人は不幸かもしりませんね。
 でも、ベランダなどを利用して、工夫次第では可能かも。

 今回は、ちょっとした実験でした。いろいろな事を学びました。

投稿: そばがき | 2008年11月22日 (土) 07時46分

一粒の重み。種を蒔き、育て、収穫するということ。お天道様には逆らえぬということ。都会で生活を営む現代人の多くは、この些細で地道な実践を知らずに生きています。暁山を訪れた人がひとりでも多く、このことに触れますように。

投稿: ねこやしき | 2008年11月22日 (土) 02時03分

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