昨日、10年目のクラス会に出席した。
集合場所は小木津駅東口。バスが待っていると言うので、急いだ。
出発5分前であった。幹事役のご婦人が「ぎりぎりね。早く来なければダメよ!。」と
窘められた。
この一言で、あっという間に少年時代に帰る。
いつもご婦人方はお姉さん役なのだろうか。
バスは一路、会場の鵜の岬ホテルに。十数分の車中の旅であったが、暫らくぶりであった懐かしい友の声が響く。
我々の小中学校時代は男女別々の座席であったように、バスの中の座席も女性軍が前、男子軍が後ろと、嘗ての修学旅行の様。
会場に着くと、幹事が出迎える。もう到着しているクラス仲間もいる。27年卒日高小学校の横断幕が見える。
10年前も参加しているが、このときは、まだ、私は札幌にいた。以来初めてという人はそれほど多くないが、55年ぶりに会う友人もいた。
幹事役のS氏がニコニコと「席は成績順でも、性別でもありませんよ。」と軽妙な司会から始まった。
ちっと硬かった雰囲気が緩んだ。
素面のときは、ちょっと思い出せないのだが、アルコールが入り、話しが弾み、打ち解けて笑顔が出ると頃には、やはり、当時の面影が残っていて、あの頃の思い出が浮き上がってくる。
場が盛り上がってくる頃、いくつかのテーブルを回る。
名前が思い出せない方には、名前を聞く。「あっそうか。だれだれ君か。誰々さん?」
「ごめんね。思い出さなくて!」とその後は楽しい話が続く。
もう、男達は、数年前に、リタイアしており、男達を支えてきた女性たちも、子育てが終わり、いずれの人達も趣味や地域活動に励んでいる様子が伺える。
クラス仲間の何人から、「坊やちゃんの家に言って遊んだね。」と問いかけられて、「えっ! 坊やちゃん・・・」 誰のことかと一瞬、思った。小さい頃に、祖母が私のことを可愛がっており、「坊や」と呼んだ事が、近所の友達が名前だと勘違いして呼んだものだ。
これが、小学校でも、呼ばれるようになったのであろう。
本人は、当に忘れてしまったことであるが、クラス会は思わぬ言葉を思い出させる。
出席した男子21名、女子19名、出された美味しいご馳走も食べず、時間を忘れて話に興じていた。
司会役のS幹事は素晴らしいインターテナーである。とに角、マイクを離さない。場を盛り上げ、進行する。
カラオケの時間になった。歌に自信がある方が、次々と、マイクを握る。茨城放送の歌コンで入賞したご婦人もいた。さすがにうまい。
歌は、その時代を反映すると言う。好きになる歌は、その人の夢や生き方を表現しているのでしょう。
どちらかと言うと、男子軍より、女性軍が元気で輝いておりました。
12時から、4時までの楽しい時間を過ごしました。
昭和27年の頃の私達は、幼かった。今の子供達のように、具体的な夢など持ちようがなかった。戦後間もない時期で、夢のある職業の情報も少なかった頃であった。
私などはせいぜい野球選手に憧れる程度であった。
日本初の民間航空機として就航したもく星号の墜落事故は幼い私達の心を暗くした。
明るいニュースとしては、白井義男が日本人として初めてのボクシングの世界王者になった年でもあった。こんなことを思い出しながら、帰路に着いた。
幹事の方、ご苦労様でした。
また、何年か後に元気な姿でお会いいたしましょう。
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